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元祖くず餅 船橋屋 創業文化2年

船橋屋について

船橋屋の創業と「くず餅」のはじまり

東京の下町情緒が色濃く残る江東区亀戸三丁目、亀戸天神のすぐ側に「船橋屋」があります。
船橋屋は、江戸は文化二年(1805年)、十一代将軍徳川家斉の頃、創業致しました。

船橋屋初代の勘助の出身地は下総国(千葉県北部)の船橋で、当時、下総国は良質な小麦の産地でした。
勘助は、亀戸天神が梅や藤の季節に、参拝客でにぎわうのを見て上京し、
湯で練った小麦澱粉をせいろで蒸し、黒蜜きな粉をかけて餅を作り上げました。

それがまたたく間に参拝客の垂涎の的となり、いつしか「くず餅(くずもち)」と名づけられ・・・
江戸の名物の一つに数えられる程の評判をとりました。

現在の船橋屋

江戸名物として番付

明治初頭に出たかわら版「大江戸風流くらべ」において、江戸名物として「亀戸くず餅(久寿餅)・船橋屋」が番付され、船橋屋の名声を不動のものとしました。

大江戸趣味風流くらべ

船橋屋の命

200余年の歴史的背景には様々な出来事がありました。 関東大震災、第二次世界大戦、東京大空襲の災害や戦災をも乗り越え、奇跡的に発酵澱粉だけがその被害を免れました。江戸時代から代々受け継がれてきたこの発酵製法こそが唯一無二である船橋屋の命。

戦前の船橋屋本店 明治中期建築
昭和20年3月戦災により焼失

本店に訪れた文化人

創業当時の面影を今も残す本店には、芥川龍之介、永井荷風、
吉川英治ら文化人の方々もしばしば足を運ばれ、くず餅の素朴な味を堪能されていました。

船橋屋 昭和22年

船橋屋 昭和35年

船橋屋の看板

船橋屋の看板は、様々な作品で有名な吉川英治が書いたものです。
吉川英治は、執筆に疲れるとパンに黒蜜をぬって食べるのが好きで、様々な蜜を試したあげくに最も美味だと選んだのが船橋屋の黒蜜でした。これがご縁で、大きな文字を決して書かなかった吉川英治が唯一残した大看板が、ケヤキの一枚板に書かれた『船橋屋』の見事な墨書でした。
その大看板は、今も本店の喫茶ルームに掲げられています。

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