元祖くず餅 船橋屋 くず餅を科学する

元祖くず餅 船橋屋
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100年経営研究機構「Do-NEXT100」

船橋屋のくず餅研究をはじめました!

【1】くず餅のナノ構造と職人技

ヤマザキ動物看護大学教授 長島孝行 先生
  • ヤマザキ動物看護大学教授

長島孝行 先生

株式会社 船橋屋 くず餅製造部 部長 千葉 誠
  • 株式会社 船橋屋 くず餅製造部 部長

千葉 誠

(1-1)自己紹介

長島先生

僕は食品の専門家ではないのですが、食の分野には結構前から興味をもってきました。

具体的に、僕が今何を研究しているかというと、ナノテクといいますか、生物がつくるモノがどういうふうに出来上がるのか、どのような構造になっているのか、そして、それが構造的にどういった機能があるのかというのを、ナノレベルで分析していくことをしています。

食品に関しては、今から15年前ぐらいに「食品にもナノテクという概念を取り込んだらどうだろうか。」ということを僕が言い始めたのですが、当時は時期早々で誰も賛同してくれなかったですね(笑)。とはいえ、「のどごし」や「歯ごたえ」といった食品の食感は、実はナノレベルの構造に必ず裏打ちされているはずだと思ったんです。

僕自身、食感とか感覚的なものは形にしないと嫌なんですよ。昔から、目に見えないと嫌なんです(笑)。ですので、ナノレベルの科学分野が進展してきていたので、食べ物もいけるんじゃないかと。

それを実証した大根の例があります。大根については、有機肥料と化学肥料を与えたものを比べると有機肥料で育てたものの方が美味しいということが言われていました。そこで、双方の肥料で育てた大根をナノレベルで比較してみたところ、有機肥料で育てた方は液胞というか細胞の空胞がすごい均一でした。それに対して、化学肥料で育てた方は細胞の空胞がバラバラでした。つまり、有機肥料で栽培した方が細胞の構造が均一で食感が良くなっているが、化学肥料で栽培した方は細胞の構造にムラがあり、それが食感にも影響しているということが示唆されたんです。

まさに人間が感じる食感は、構造的にも裏打ちされていると思いました。ですから、有名な職人が切った刺身とか野菜が美味しいとか言われることも、たぶん断面が違うわけです。

これからの時代、人間の技についても賢くロボティクスを導入していく時代を迎えると思いますが、そういう観点からも、人が感覚的に良し悪しを感じる事柄について、構造的な解析をしていくことが重要だと思っています。

千葉

私も簡単に自己紹介をさせていただきます。

私は、株式会社船橋屋のくず餅製造部部長をしております。入社して20年ほどになりますが、入社以来、先輩職人の姿を見て覚えるような形でくず餅づくりに取り組んできました。

現在は、船橋屋の根幹であるくず餅製造を管理・監督する立場を担っております。昨年から、少しずつ先生方と関わらせていただくなかで、自分のやっていることがどういうことなのかを、科学的に分析することで感覚的なところが目で分かるようになることに、個人的にもワクワクしております。

(1-2)くず餅のナノ構造

千葉
長島先生、よろしくお願いします。
食品の食感の違いや味の違いを、目でみてわかるようにしているんですね。
その手法を使って、くず餅を見ていくとどうなるのか。
とても楽しみです。
長島先生

今回、100年経営研究機構のDo-Tank NEXT100として、船橋屋さんのくず餅を調べるという話を頂いたとき、僕自身はくず餅に関して、あまり詳しくなかったのですが、くず餅の食感は非常に独特なので、どうなっているのかが気になりました。

もしかしたら、僕が研究しているシルクとよく似ているのではないかなと思いまして、分析をさせていただきました。

まず昨年、商品である船橋屋のくず餅を分析してみました。
すると、予想通りナノレベルの構造が確認できました。

ナノという単位は、1ミリメートルの1,000,000分の1という非常に小さいスケールになるわけですが、200~300ナノメートルぐらいの架橋構造がくず餅の中に確認できました。そして、それがかなり均一的に広がっていることが確認でき、すごく驚きました。

船橋屋のくず餅の食感を創り出している構造が確認できましたが、どのようにこの構造ができるのか、そして、この構造が他社の関東くず餅とどう異なるのかについても興味があります。

伝統的な食品というのは、長い年月かけて、今の形になったんでしょうけども、伝統というのがナノレベルの構造まで継承しているということに、僕はすごく驚きました。

千葉

わたしも見て、ビックリしました。
正直、写真を見せていただいて、このようなものを作っていたんだなと不思議な思いです。

ずっと食感を大事にしてきましたけど、目に見える形にしていただくと、実は先輩方がずっと、すごいことをやってこられたんだなと思うと同時に、今、自分がそれをやらせてもらっているありがたみを改めて感じる写真でした。

(1-3)ナノ構造と職人技

長島先生

最初に船橋屋のくず餅を発明した人にも見せたいですね。

船橋屋のくず餅は、すごく規則的な架橋構造をしているわけですが、当時、まったく想定していなかったのか、あるいは想定していたのか。もし、想定していたとしたら本当に天才だと思うんですけども、まだまだそういった食品が世の中にもあるんだろうなと思います。

それにしても、今回の構造分析は、電子顕微鏡を使って観察したわけですが、手作りをされているわけで、どうしたらナノレベルの構造を手で触ってわかるのですか?手でわかるってすごいですよね。

千葉

前回、赤池先生とお話した際に「たかが澱粉、されど澱粉」とおっしゃっていましたけども、
ひたすら澱粉と向き合ってきた結果ですかね・・・(苦笑)。

最後の確認は、蒸しあがりの弾力で確認していますが、イメージ通りの弾力にするために、蒸す前の準備の段階、原材料の配合などを大事にしています。

蒸す過程は最後の最後なので、そこまでの準備の積み重ねで、結果的に品質が維持できているのだと思っています。
とはいえ、自分でもうまく言葉にできないので、今回の研究でそうした部分を目で見れるようにしていただけたらと思っています。

長島先生

先日、「これは商品としてお客様に提供できない」と千葉さんが判断されたものを頂いて、電子顕微鏡で見たんです。
通常の商品と何が違うのかを見たんですね。

そしたら、ナノレベルで微妙なんですけど、不完全さがあったんです。

あの違いがなぜわかるのかが、やはり不思議です。
指でさわって、ナノレベルで不完全な部分をわかるんですかね?

千葉

そうですね…。

くず餅の良しあしを判断するあたりの作業は、熟練者でないとわからないので、そこは本当に経験の積み重ねとしか言いようがないですね。

長島先生

まさに職人技ですね。

普段からものすごく均一なものを作り続け、その感触を伝承されているのでしょうね。
ですから、ちょっとでも変なのがあると、それを手で感じとることができるのかもしれないですね。

【2】くず餅を科学する意味と今後の研究

(2-1)くず餅の構造と原材料

長島先生

先ほどの話ですと、原材料の配合が重要だということでしたが、均一な架橋構造を創るための小麦澱粉のブレンドというのが気になっていて、その配合を変えると不完全になってしまうのでしょうか?

千葉

そうですね。そこが面白い部分です。
ブレンドによっては、芯が残って弾力が出なかったり、逆に柔らかくなり過ぎたり、臭いがきつくなってしまったりします。

弊社で使っている発酵小麦澱粉は、沖縄、岐阜、東京の3つの箇所で製造したものを使っています。それぞれに特徴があるのですが、まず小麦澱粉を取り出す小麦粉自体が各地方によって違います。

小麦粉には、いわゆるグルテンになるタンパク質が含まれていますが、くず餅にはグルテンは不要で、グルテンを分離した後の澱粉を用いて発酵小麦澱粉の原材料にします。

そのため、各地域で小麦粉をグルテンと澱粉を分離するのですが、各地域のグルテンの需要に応じて使用する小麦粉が異なってきます。小麦粉自体が種類・等級が違うんで、当然、出てくる澱粉にも違いが出てきます。

そうした異なる澱粉をそれぞれの地域で発酵させた発酵小麦澱粉が、くず餅の原材料でして、3つの地域で作られた発酵小麦澱粉をブレンドして、くず餅を作っています。

長島先生

僕はそこにも興味があります。

少し原材料の発酵小麦澱粉についても調べさせていただきましたが、澱粉の比重で区別して発酵小麦澱粉を製造されているということで、確かに、大きめの澱粉粒子が多いタイプと小さめの澱粉粒子ばかりの原材料がありました。 これらをブレンドすると、大きい粒子と小さい粒子の割合を変えることができるわけです。

これは僕の推測ですが、小さいものから溶解してゲル化し、それを追って中くらいのもの、大きいものって順番にゲル化していく。それが結果として構造に表れていくと思うんですよね。

そして、その原材料の配合の仕方もあるのですが、商品となったくず餅に異物がほとんど見られないのも特徴でした。架橋構造が綺麗にできている、つまりネットワークがきれいに緩やかにみんな手を繋ぐことができていて、ジャングルジムのさらに連続したような構造ができています。その理由はなんだと思いますか?

千葉

そうですね。弊社では原料に含まれる「ふすま」と呼んでいる異物を除去する作業があって、その後、精製作業という水洗い作業をしています。

水洗い作業の中で、さらに不純物を浮かせて取り除いていきますが、この作業を何回も繰り返します。そのうえで最終的に風味をチェックして、OKであれば、くず餅の製造に使います。そういったことが磨き込みになっているのかなと思っています。

長島先生

そうなんですね。
そういったこだわりが、邪魔しそうな構造をつくるものを取り除いているんだと思います。

(2-2)伝統の技を科学する意味

長島先生

手の感触で商品の品質を確認する技もさることながら、そこに至る過程でも、やはり伝統のやり方というのがある。

今後もそういった伝統的なものづくりを維持していくためには、時間はかかるかもしれませんが、ちゃんとメカニズムを認識して、そしてそれが常に再現できるようにしていくことがきっと大事なことなんですよね。

千葉

若い子たちに、こうやってやるんだよということに理論が付けられるということは、すごいことだと思います。結果として「こうなるんだよ」という口伝だけでなく、科学的な根拠を提示できるようになると、伝統を紡ぐ1つの強力なテキストが加わるので、意義があると思います。

長島先生

形が見えれば、皆さんの理解力も深まりますし、「なるほどな」ってなると思います。

僕もそこは大事だと思います。

調べれば調べるほど、昔の職人の人の感性がサイエンスで裏付けられる、めちゃくちゃなことを言っているわけではなく、すごいんだと。

ナノテクノロジーがやっと解明できるぐらいのことを、皆さん長いこと普通にやっているわけですからね。
これは、本当に驚きますよね。

例えば、平なものを作るのに、職人の方は手で、勘でやってますけど、それで数ナノしか狂いがないものができる。何を捉えてやっているのか、職人の感覚に研究者が迫っていくと、感覚の確かさというか科学的な根拠がわかる。そういう技を持っている職人の方が素晴らしいですし、ナノテクでも裏付けられるテクニックを持っている。

ちなみに、今さらですが、なぜ船橋屋さんはあの柔らかいネットワーク構造にこだわるのですか?

千葉

あの食感ですね(笑)。

船橋屋では、昔からお客様にくず餅を提供するなかで、お客様に食べていただいて1番美味しいと感じていただけるように、くず餅の食感や風味を探求してきました。

船橋屋のくず餅は「こういうものだ」ということを、より多くの方に知ってもらいたいという想いと、「これが船橋屋のくず餅だな」という変わらぬ味に懐かしさを感じていただきたいという想いがあります。

創業当時より職人たちが、次の時代、次の時代へとより良いものを追求するなかで、くず餅が受け継がれてきた根幹には、お客様への想いがあります。 それを常に大事にしています。

そして、その気持ちを具体的に表現するのが、あの弾力、あの食感なんです。
だからこそ、そこに自然とこだわってしまうのだと思います。
ですので、想いと一緒に、次の世代にしっかりと弾力も繋いでいきたいです。

長島先生

うまく次の世代にバトンを渡すうえで、科学的根拠というのは説得力があります。画像と文字も活用しながら、後世に技術をお伝えいただければ、伝統技術は維持しやすいと思います。

僕が研究しているシルクは、連結が強く、やわらかいんだけど強いという特徴を持っていますが、くず餅の場合、弱くてやわらかくてきれいなネットワークをもっているすごい構造なんで、これからも良い形でこの構造を繋いでいってほしいです。

(2-3)今後の研究について

長島先生

今後の研究について、最後にいくつかお話できればと思います。
まず、船橋屋のくず餅が特異な構造を持っているという事実が明らかになったわけですが、それがなぜ出来上がるのかという点が、実はまだ謎です。

そこには、2つのブラックボックスがあると思います。

1つは素材。原材料である発酵小麦澱粉をうまくブレンドして、くず餅が作られているということなのですが、ブレンドが失敗すると商品にならないということで、ここの部分はまだよく見えない部分です。

もう1つは蒸す過程です。蒸すことでいったい何が起きているのか。あの中で溶けた澱粉がゲル化し、いわゆる架橋構造をネットワークとして綺麗に作っているわけですが、複数の経過時間別にサンプリングをし、どんなふうにネットワークができているのかを見てみたいと思います。

千葉
わたしもとても楽しみで、「湯がき」と言われるお湯を添加した状態と、製品の架橋構造ができたものの電子顕微鏡の画像を見て、途中のプロセスはなく最初と最後を見せていただいた形なので、その経過が見られるのがとても楽しみです。

長島先生

このメカニズムは後世に残さないといけないと思います。
これを通じて、くず餅に関するナノ構造を明らかにできると、船橋屋さんにとってすごい大きなことだと思っています。

そして、もう1つ重要な点が職人の感覚と独特の表現の科学的な分析です。

独特の言い回しで表現されていますよね?

千葉

そうですね。

蒸しあがったときの弾力を確かめる作業を「あたり」と呼んでいますが、蒸しすぎだと「ふけすぎ」、蒸しが足りないと「ふけていない」という表現をします。

「強い」とか「弱い」とかいう表現も使いますが、これは芯の残り具合ですね。水分中の澱粉の多い、少ないみたいな感じをイメージしていただくとわかりやすいのかもしれませんが、それによって芯の出来具合が違うんです。芯が出来過ぎちゃうと、当然かたくなります。

芯ができたのならより蒸したら弾力が出てくるかと言うと、そうならずに、今度は表面がべちゃべちゃしてきてしまう。そういう状態のものは「実が強い」という表現をしますね。

長島先生

非常に面白い表現をされているので、専門的な言葉を科学したいですね。

構造的に示したい。

例えば、これは現時点での仮設ですが、「実が強い」と言われた状態については、ネットワークがきちっとできてしまって、強すぎるが故に内部が構造的に絞まってくるので、内部の水が表面にあがってきてべちゃつくとか、そういうことなんだという説明ができるかもしれません。

千葉

すごいですね。なんでわかるんですか(笑)。感覚的にはまさにそんな感じです。

長島先生

構造的なことがわかると、職人の感覚というものを別の言葉で表現できる可能性が広がるので、技術の理解が深まりますし、それによる応用の可能性も出てくるわけです。

さらにもう1点あるとすると、船橋屋のくず餅という和菓子の食感の特徴をより分かりやすく説明していくために、関西の葛餅や他の弾力のある和菓子などとナノレベルの構造で比較してみるというのも面白いと思います。

こちらも、ご興味あればチャレンジできればと思います。

千葉

ありがとうございます。
くず餅を科学してみることで、今後の展開が本当に楽しみです。

一般社団法人100年経営研究機構について
岡田早苗 先生

高崎健康福祉大学農学部教授、東京農業大学名誉教授
木曽町地域資源研究所所長

乳酸菌研究を専門にしております。日本およびアジア地域の伝統発酵食品に関わる乳酸菌の研究を続けてきました。乳酸菌は乳酸を作るだけでなく、食品原料に含まれる様々な成分を違う成分に転換させる力を持っています。乳酸菌のそれらの力は小さいものかもしれませんが、できあがった発酵食品の味覚、香り、触感などに微妙に影響を与えていると考えてます。現在、乳酸菌のささやかな力に注目し、研究を続けております。

長島孝行 先生

ヤマザキ動物看護大学教授

私はこれまで生き物や生物素材のナノ構造を様々な顕微鏡を駆使して観察し、その機能性などを考えることを専門に研究してきました。食品が専門ではありませんが、食品も元をたどれば生物素材です。今回、日本の食文化を代表するくず餅を観察する機会を得て、あの独特な食感がどういう構造から生まれるのか、そしてその構造がどう構築されているのか、ナノレベルの構造解析を通じてメカニズムを科学的に解き明かしていこうと考えています。

≪過去の記事≫

【第1弾】船橋屋のくず餅研究をはじめました!

(対談)一般社団法人100年経営研究機構 顧問:赤池 学 氏

船橋屋として「くず餅を科学する」に取り組む理由やくず餅の不思議について、100年経営研究機構の赤池氏と弊社くず餅職人の千葉が対談しました。